2018年10月18日

私権行使の基本原則3 権利の濫用

民法第一条3項には、権利の濫用は、これを許さない。とある。

(基本原則)
第一条 私権は、公共の福祉に適合しなければならない。
2 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
3 権利の濫用は、これを許さない。

権利の濫用とは、外見上、権利の行使のように見えるものの、権利の社会性に反し、権利行使として是認することができない行為を意味している。

ではどういう場合に、権利の濫用に当たると言えるのか。
この判断基準については、2つの説がある。

1、主観的権利濫用論
権利を行使する者の主観的要件を重視する立場である。つまり、他人を害する意思や目的がある場合に、権利の濫用に当たると解するわけである。

2、客観的権利濫用論
権利を行使する者の主観に縛られずに、客観的立場から、権利者の利益とそれによる他人の損害とを比較衡量し、その権利の存在意義に照らして判断する立場である。

現在では、判例、学説ともに、2、客観的権利濫用論の立場が有力である。


posted by 判例六法ラノベ化プロジェクトチーム at 23:38| 民法

2018年10月20日

権利の濫用の結果

民法第一条3項には、権利の濫用は、これを許さない。とある。

(基本原則)
第一条 私権は、公共の福祉に適合しなければならない。
2 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
3 権利の濫用は、これを許さない。

では、「許さない」とは、何を意味するのだろうか。
許さないと宣言するだけでは、何の意味もないことは言うまでもない。

具体的には次のような結果になるとされる。

1、違法性が阻却されなくなる。
自らの権利行使により、他人に損害を与えたとしても、違法性がない限り、不法行為は成立しない。
しかし、権利の濫用に当たるとされた場合は、違法性が阻却されない結果、不法行為が成立する。

例えば、次のような判例がある。

居宅の日照、通風は、快適で健康な生活に必要な生活利益であつて、法的な保護の対象にならないものではなく、南側隣家の二階増築が、北側居宅の日照、通風を妨げた場合において、右増築が、建物基準法に違反するばかりでなく、東京都知事の工事施行停止命令などを無視して強行されたものであり、他方、被害者においては、住宅地域内にありながら日照、通風をいちじるしく妨げられ、その受けた損害が、社会生活上一般的に忍容するのを相当とする程度を越えるものであるなど判示の事情があるときは、右二階増築の行為は、社会観念上妥当な権利行使としての範囲を逸脱し、不法行為の責任を生ぜしめるものと解すべきである。(最判昭和47年6月27日)

自分の土地に家を立てても、隣地の所有者に対する不法行為となることはない。しかし、判例のように、違法建築物を建てて、日照権を侵害している場合は、隣地の所有者との関係で、権利の濫用となり、不法行為が成立するということである。

2、権利内容の実現が妨げられる。
権利の濫用とされると、その権利が請求権であった場合は、法はその実現に助力しない。
例えば次のような判例がある。

国が所有者から賃借して占領軍に提供し、空軍基地地域の一部として使用させていた土地を、占領状態終結とともに、契約期間の満了によつて賃借権を失つた後も、引き続き、駐留軍に提供して使用させている場合において、国の駐留軍に対する右提供が条約上の義務履行としてなされているものであり、かつ、右土地が現にガソリンの地下貯蔵設備の用地として使用されていて、その明渡によつて所有者の受ける利益に比し国のこうむる損害がより大である等判示の事情があるときは、所有者の国に対する右土地明渡請求は、私権の本質である社会性、公共性を無視する過当な請求として許されないものと解するのが相当である。(最判昭和40年3月9日)

3、権利の剥奪
権利の濫用とされると、権利が剥奪されることもある。例えば、次の条文に定めがある。

(親権喪失の審判)
第八百三十四条 父又は母による虐待又は悪意の遺棄があるときその他父又は母による親権の行使が著しく困難又は不適当であることにより子の利益を著しく害するときは、家庭裁判所は、子、その親族、未成年後見人、未成年後見監督人又は検察官の請求により、その父又は母について、親権喪失の審判をすることができる。ただし、二年以内にその原因が消滅する見込みがあるときは、この限りでない。

(管理権喪失の審判)
第八百三十五条 父又は母による管理権の行使が困難又は不適当であることにより子の利益を害するときは、家庭裁判所は、子、その親族、未成年後見人、未成年後見監督人又は検察官の請求により、その父又は母について、管理権喪失の審判をすることができる。
posted by 判例六法ラノベ化プロジェクトチーム at 20:28| 民法

2018年10月23日

自然人の権利能力の始期

自然人は、誰もが、権利能力を有している。
では、自然人はいつから、権利能力を取得するのか。これについては、民法に定めがある。

第三条 私権の享有は、出生に始まる。
2 外国人は、法令又は条約の規定により禁止される場合を除き、私権を享有する。

出生とは、具体的に何時の事か?
もちろん、出産した時であるが、より詳細に検討しようと言うことである。
これについては、2つの説がある。

1、全部露出説
胎児が母体から完全に露出した時点で出生したとする説である。

2、一部露出説
母体から完全に露出していなくても、一部が露出しただけで、出生したとする説である。

民法の通説は、全部露出説となっている。出生の時点が明確になるためである。
それに対して、刑法では、一部露出説が採用されている。胎児の一部でも露出していれば、これに対して、傷害罪や殺人罪などの犯罪行為をなしうるためである。

なお、出生した際は、出生届をしなければならないこととされているが、出生届をしなかったとしても、権利能力の取得には影響がない。
posted by 判例六法ラノベ化プロジェクトチーム at 21:01| 民法